形は正しさを保証しない
見た目と機能の違い
武術では、動きが「正しいかどうか」を見た目で判断してしまうことがあります。
先生と同じ動きをしているか。
手の位置は正しいか。
肘の角度は正しいか。
その流派では、その技をどのように行うのか。
もちろん、どれも大切なことです。
しかし、見た目だけでは分からないこともあります。
ほとんど同じに見える二つの動きでも、実際にはまったく違う働きをすることがあります。
どちらが「正しい」のか?
以前、海外で詠春拳を習っていた生徒がいました。
ある動きについて話していたとき、以前の先生は流派の源流から数えて二代目、三代目にあたる先生だから、その先生のやり方のほうが「正しい」というような話になりました。
そこで私は、
形が機能に基づいているのであれば、どちらが機能するか試してみればいい。
と答えました。
しかし、ここでもう一つ大切な問題が出てきます。
何のために試すのでしょうか?
技や動きには、まず目的が必要です。
その技が何をしようとしているのか分からなければ、何を基準に成功や失敗を判断すればいいのかも分かりません。
相手が抵抗したときに、力を強くしたり、身体を固めたり、別の方向へ押したりして、なんとか「成功」することはできます。
しかし、それは本当にその技が上手くなったのでしょうか?
目的があるからこそ、テストに意味が生まれます。
「正しく見える」と「正しく機能する」は違う
最近、二人の上級者を指導していたとき、このことを改めて感じました。
二人とも動きはよく知っています。
見た目にも大きな間違いはありません。私の動きをかなり正確に再現しようとしていました。
しかし、抵抗を加えるとうまくいきません。
どこかで力が逃げていました。
下半身と上半身のつながりが十分ではなく、身体で作った力が必要な場所まで伝わっていなかったのです。
面白いのは、その問題が見た目では非常に分かりにくかったことです。
本人たちは私と同じ形を作っているつもりでした。そして実際、外から見ればかなり似ています。
そこで私が手を使って身体の位置を少しずつ修正しました。
場合によっては、本人が「これが正しい」と感じている位置から、あえて少し外す必要がありました。
すると、構造が機能し始めました。
少し離れたところから見ていた人には、修正前と修正後の違いはほとんど分からなかったかもしれません。
しかし、抵抗を加えれば違いは明らかでした。
見える形 ≠ 機能する構造
これは、武術を見た目だけで学ぶことの難しさの一つです。
動きの形を真似することはできても、その動きを機能させている身体の使い方まで再現できているとは限りません。
腕は正しい位置に見えていても、肩に余計な力が入っているかもしれません。
構えは正しく見えていても、脚と上半身がつながっていないかもしれません。
肘の角度は同じに見えていても、構造のどこかから力が逃げているかもしれません。
そして経験者になるほど、このような問題は見つけにくくなることがあります。
初心者の間違いは、大きくて分かりやすいことが多い。
しかし経験者は外側の形をかなり正確に再現できるため、小さな構造上の問題がその中に隠れてしまいます。
そこで役に立つのが抵抗です。
抵抗は、見た目では分からない違いを明らかにします。
形には目的が必要
だからといって、形が必要ないということではありません。
形は出発点です。
過去に見つけられた有効な解決方法を残し、繰り返し練習し、次の人へ伝えるための大切な方法です。
しかし、形を再現できるだけでは、その意味まで理解しているとは限りません。
そのためには目的が必要です。
Functional Wing Chunでは、次のように考えることができます。
目的 → 形 → 抵抗 → フィードバック → 修正
まず、その動きで何を達成したいのかを理解する。
そのための解決方法として形を学ぶ。
適切な抵抗を加えて試す。
何が起きるかを観察する。
そして、そのフィードバックをもとに修正する。
修正は、見た目にはほとんど分からないこともあります。
数センチの位置の違いかもしれません。
力の入れ方かもしれません。
身体のつながりかもしれません。
プレッシャーをかける方向が少し違うだけかもしれません。
それだけで結果が大きく変わることがあります。
目的は、動きを違って見せることではありません。
機能させることです。
形は「仮説」
伝統的な形や技を、もう一つ違った角度から考えることもできます。
形は一つの仮説です。
機能は、その仮説を検証する方法です。
「この動きの正しい形は何か?」
だけではなく、
「この動きは何をするためのものなのか?」
「どのような状況で機能するはずなのか?」
「適切な抵抗を加えたら何が起こるのか?」
「失敗したなら、どこで、なぜ失敗したのか?」
と考えてみる。
そうすることで、見た目や先生、流派、世代の違いだけを比べる必要がなくなります。
見慣れた形だから正しいわけではありません。
逆に、違う形だから間違っているとも限りません。
目的を理解する。
機能を試す。
そして、その結果から形を修正する。
修正した後も、外から見ればほとんど同じ動きに見えるかもしれません。
しかし、その形はもう単に**「正しく見える形」**ではありません。
なぜその形なのかという理由があります。